2017年5月 鹿児島3日目:桜島が最も美しく見えた日


朝日を浴びる桜島。
かぶっているのは、噴煙なんだろうか?雲なんだろうか?
さて本日は、鹿児島市内観光です。鹿児島中央駅から少し遠いけれど、鶴丸城(鹿児島城)と城山に行きます。城山は、西南戦争の激戦地にして最後を迎えた地なので西郷隆盛ファンにはたまらないスポットなのではないでしょうか。相棒は「鉄砲の鉛玉を拾いたい」と無謀なことを言い出していましたが、これも例のごとくスルー。最近「石」にはまり出してからは、下ばかり見ているのですが、だんだんに石以外のものも拾って来るようになり「鉄砲の鉛弾」も落ちているに違いないと思っているらしい。 城山は、防空壕だらけでした。山頂に続く遊歩道でどれほど見たか。太平洋戦争の時の遺物と思われますが、案内板もパンフレットにも記載はありませんでした。立ち入りできないよう塞がれているので、中の確認はできません。火山灰の堆積によって形成する鹿児島の山々は柔らかく、好んで防空壕が掘られたのでしょう。 城山展望台からの桜島が、天気がよかったこともあり、一番きれいだと思いました。裾野まで見えるのが美しいのかもしれない。ですが、幼稚園のお散歩や小学生の写生会のスポットでもあるらしく、たくさんの子供が見晴らしのいい場所を占領しまくっていました。少し離れたベンチで昨日の残り物の「あくまき」を頬張ろうとしたところ、土産屋の女性に「それ、どうや?」と声をかけられました。正直に「苦い」と言うと、珈琲用砂糖をくれました。やはり黒糖につけて食べるものだそうです。しかも食べ方があって、かぶり付いたり包丁で切るんではなく、あくまきを巻いている竹の紐で切るんだそうです。へぇ〜!卵を切る糸みたいなものですね。しかし、砂糖をつけても苦く癖は消せませんでした。この癖がたまらないんでしょう。
「どこで買ったやつ?」と聞かれ、「蒲生」と言うが通じず、「がもん」か「かもん」、そんな感じのことを言われました。 カツオの出汁を凝縮した商品が欲しいがどこに行けば買えるか聞いたら、「天文館通りの鹿児島一番」ならあるかもしれないと教えてくれましたが、これも後で行ってみたら「鹿児島市場」のことだと判明するのでした。薩摩人は語尾に「ん」を付ける癖があるみたいです。

ここからは下って、防空壕のような洞窟に着いたので入ってみましたが、西郷が5日間篭ったと言われる「西郷洞窟」ではないようでした。西南戦争を物語にしたものを額縁で飾っているだけだったので本物を探そうとそこを出たら、いやに腰の低い男性が「西郷関係の写真があるので良かったら見て行きませんか?」と声をかけてきたのです。せっかくなので、「ええ、是非お願いします」とご案内していただきました。木製品で溢れる狭い土産屋の店内を通過し、1階に降りると、その奥の一隅に写真が飾ってありました。
年配の気の強そうな女性が、先客の若い夫婦に「激闘!田原坂」と「横井小楠」を手に取り「非売品!どうですか?」と熱弁を振るっていましたが、帰って行ってしまいました。飾られていた写真が、たまたま少し前に読んだ「西郷の写真を追う」に載っていたものであり、その本では「写っているのは西郷ではない」と結論づけていました。西郷だけでなく幕末維新の英傑たちが一同に揃った写真を不思議そうに見ている相棒に、女主人がきつい口調で「非売品!どうですか?」と冊子を手に名台詞を吐きます。しかし相棒は写真に必死のようで軽く聞き流していました。女主人はこいつらは上客ではないと思ったのか、「どこにいくの?黎明館なら降りてすぐだよ。」と、出て行けと言わんばかりの言いっぷりでした。仕方なく出て行くことにしましたが、女主人のキャラの濃さに後ろ髪を引かれる思いがしました。
ここから次の黎明館に至るまでの間は二人でひたすら「お土産屋センター西郷どん」の事を語り合いました。腰の低いおじさん、気の強い女主人、対照的な二人のコントラストが非常に面白いじゃないかと思いました。翌日に時間があれば是非もう一度伺ってみようと二人で頷きあうのでした。
昨日のふるさと館が、西郷・大久保・篤姫・集成館の発明物というふうに、維新に連なる個々のテーマを展示していたのに対し、鶴丸城の本丸跡に建つ黎明館は1階が鹿児島の通史概観で2階が民俗展示、3階では特別展示で島津家の系統がやっていました。
若い案内嬢に、昨日の蒲生で見て不思議に思ったこと、「広大な田が今の時期まだ水も張っていなく田植えしている気配もなかった」事について聞いてみると、「タバコ畑じゃないかと思われる」とのことでした。自分の住む町もしくは近隣の産業を把握してたり、意識化している人って意外になかなか居ないと思うのです。とっさの質問に、意見が言えるのがすごいな、と思いました。

城跡の石垣には銃弾の跡がたくさん残っています。ここも激戦だったんですね。相棒は下ばかり見ていました。 商店街に向かう途中、西郷隆盛の銅像があり、その隣のビルでは西郷の曾孫がカフェをやっていました。お話がしてみたいとは思いましたが、ガッツリ昼御飯が食べたかったので今回は見送ります。 軍服で身を包んでいます。上野公園に立つ西郷隆盛像のほうが有名で、浴衣を着流し足元に薩摩犬を置く姿がすっかり「雛形」になってしまっています。顔立ちはどれほど違っているのでしょうか。写真を並べてみました。 雰囲気というか顔立ちが違いますね!性のよろこびおじさんは右側に似ています(知らないネタだったらごめんなさい)。左側はげんこつが飛んできそうな厳格親父の顔をしていますね。このような違いが生まれてしまった時代的背景と銅像にまつわる逸話も面白いので、インターネットでぜひ検索してみてください。

鹿児島に来たからにはやはり黒豚も食べよう、ということで、この日の昼御飯はかねてより目をつけていた「黒かつ亭」に入りました。人気店らしく混んでいましたが、上ロースかつ定食はとてもおいしかったです。
お腹をなでながら午後は図書館に行きます。鹿児島出身の有名な小説家海音寺のコーナーがありましたが、それよりも心惹かれたのが郷土コーナーで島津久光の本が3冊もあったのに相棒はもだえておりました。郷土関連の書籍が充実していたこともあり、たっぷりとそこで過ごし、気づいたらもう日は傾いてしまっていました。
この日は図書館が一番面白かったです。
ここからはお買い物タイムです。そば打ちが趣味の相棒は、鹿児島産のソバを買ってみたいと言っていたので、前もって調べておいていたソバ粉屋に向かいます。どこで取れるのか聞いたところ、「南さつま町のきんぽー」という所とのことでした。相棒はもっとお話がしたくてウズウズしていたのに、あまり相手にされず話も広がらなかった様でお気の毒に、でした。
その帰り道、商店街の路肩に座り込んで農産物を販売している年配の女性を初日から何度かみかけたものの、いつも常連客との談話に華を咲かせていましたので遠慮して通り過ぎてきましたが、再度通ったのも何かの縁なので声をかけてみました。「さっき南さつま町のそば粉を買った」と伝えるが、女性客も年配の女性も3人共「?」という顔をしていたので、「きんぽー(金峰町のことだったらしい)」と言いなおしたら「あぁなるほど」と。これはきっと平成の大合併というやつですね。こちらは「加世田」で取れたソバ粉を販売しているそうです。後日調べてみると加世田も南さつま町でした。南国のさらに南国で取れたソバは興味深いです。

常連客の1人が相棒をいたく気にいったらしくめっちゃ色々話しかけていました。「どこから来たの?」「つわぶきウマイよ、食べたことある?」とか「これはこうやって食べるねん」とか、自分の販売商品でもないのに色んなものを勧めていました。旅行中なので買えなかったんですけどね。
最後に狙うは、さつまきんつばです。ネットで見たときから食べたくてしようがなかったお菓子なので、百貨店「山形屋」(なぜか山形。やはり西郷繋がりなのか?)で売り切れと言われてもめげずに、鹿児島中央駅の土産販売店を強襲します。ついでに鹿児島中央駅の反対側はどんな街並みなんだろうかと散策してみたところ、静かな生活圏という感じの町でした。それでも真新しいでっかいホテルやビルが建っているところを見ると開発の波には飲まれているようです。
馬場製菓の「さつまきんつば」を入手しホクホクと上機嫌、さあ昼御飯がおいしかったので夜御飯も黒豚つながりを食べようと物色していましたが、入ったお店は「残念」でした。味付けが濃すぎて、肉のうまさが判らない…。

なんだかんだと、今日が一番よく歩き回り、よく色んな人とおしゃべりできた日だったと思います。


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